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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1439号 判決

被告人

長谷川治助

主文

原判決を破棄する。

本件を四日市簡易裁判所に差戻す。

理由

弁護人奥村仁三提出の控訴趣意書の要旨は

本件に於て被告人は麹の製造につき免許を要するや、につき事前に再三、村役場及び税務署に問合せたところ開業届さえ出せば差支えない旨の回答があつたので、その旨届出の上麹の製造を為したのであつて換言すれば、被告人は麹の製造に就ては免許を要しないものと信じまたこれを信ずるに付き相当の理由があるのであるから、本件は無罪である。仮りに有罪としても前記の事情にあるのであるから原審の量刑は重きに失する。

というにある。

検事は控訴理由なしとして棄却を求めた。

よつて按ずるに取締法違反の罪はその法令により、特に犯罪を構成するものであつて一般刑法犯の如く吾人の社会通念上既に違法性を有するものと異なるから、該法令の不知は刑法第三十八條第三項に所謂法令の不知として一概に論断することのできない性質のものである。然し取締法令と雖も之を公布するに際つては官報その他により一般に周知せらるべき状態におかれるものであるから、これが単純な不知はその者にとつて過失ありといわなければならない。従つて斯る場合は勿論単純な法令の不知として罪責を免れることができないが、これに反する場合即ち被告人において相当な注意義務を拂つたに不拘、尚之を知ることができなかつた場合は寧ろ事実の錯誤に準じて犯意を阻却するものと解しなければ、社会通念に反する結果となるに至るであろう。本件に於て之を看るに、原審第二回公判調書中証人加田勇、服部栄門、奈良藤吉郎、伊藤一雄の各供述記載によると、被告人は本件の麹を製造する以前その居村の役場及び税務署に到りその可否を聞合せたところ、役場に於ては許可を要せない旨の回答をなし、税務署に於ては開業届を提出せば製造可能なる旨の回答を与えた旨の記載がある。更に進んで被告人から三重縣知事宛の開業届の写本によると被告人は本件麹の製造以前既に三重縣知事に対し麹製造の開業届を提出したことが認められる。以之看之、被告人は本件麹の製造以前相当の注意を拂つて調査した結果開業届を提出せば許可を要せずして製造可能なる旨を確信していたものと認められるが、原審は此点に就き尚詳細な事実審理を為すべきであつたに不拘、之を怠り、右の点に就ては何等の資料とはならない証拠によつて被告人の有罪を認定したのは、畢竟審理不尽に基く理由齟齬の違法ありといわなければならない。即ち本件は被告人の過失の有無に就き尚事実審理を遂げる必要ありと認められるから刑事訴訟法第三百九十七條、第四百條本文に則り、原判決を破棄し、之を原審に差戻す。

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